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 梶野稔オフィシャルブログ 


by minorucasino

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―小説― 満州JIHEN

それはとある楽屋からの出来事だった。

彼は「餃子の王将」を旅先で見つけては食べあさっている後輩を見て
「埼玉周辺じゃ、ぎょうざの満州がメジャーなんだよ」
と自慢げに喋りだした。
なんでも店構えはチープだが、味はなかなかどうして美味しいらしい。一口目は首を傾げるかも知れないが、三口目からは美味しいと思うはずだと豪語する。
彼はラーメンをこよなく愛し、よくラーメンを熱く語るが時折りこの「三口目からは美味しい」と仲間をその気にさせる。
「熊谷駅の改札を出た先にちょうど満州があるから、みんなを連れて行きたいなぁ」
しかしそんな彼をよそ目に王将を崇拝している後輩は冷ややかでケイタイで閉店時間をチェックし
「ラストオーダー21時30分、閉店21時50分だから間に合わないよ。芝居が終わってバラシは21時30分くらいに終わるんだから間に合う訳がないよ」
「へー、面白いから当日まで黙ってようぜ!」
恩知らずの後輩もいたものである。
しかしずっと気がつかないほど彼は馬鹿ではない。ちゃんと前もって自分で調べ、周りに伝えた。
「え!?知ってたの?なんだよ〜。間に合わねぇかなー。」
「絶対間に合わないッスよ。前に王将の閉店に間に合わせようとして急いでバラシたら怒られたじゃないッスか〜。」
そう、彼らはそんな過ちを犯している。同じ轍を踏みたくはない。
「満州事変失敗か〜。」
本当に可愛くない後輩達である。
しかし彼にはみんなを連れて行きたい理由があった。


それは今から三年くらい前の話だ。
彼は旅公演先でいつものように芝居がはね、ビジネスホテルで一人缶ビールを喉を鳴らして呑みながらテレビを見ていた。すると地方タレントが笑顔で
「博多で290円でラーメンが食べられるお店がオープンします!」
とやっているのを偶然目にする。博多といえば豚骨ラーメンの本場。彼も訪れる度に様々な店の暖簾を潜り舌鼓を打った。この破格のラーメン店を見逃すわけには行かない。近く行く予定があったから、すぐにデスクのメモ帳を破りボールペンを転がした。
行って食べてみると、成る程美味い。この値段でこの味は凄い。早速仲の良い先輩Tに教えた。


そんな想い出も遠い記憶の片隅にあったある日、後輩Mと話していると思わぬ事が発覚する。
そのMが言うには自分には先輩Tが自分で見つけた店だと言っていたと言うのだ。これにはさすがに彼も声をあらげた。
「嘘でしょ!?あれは俺が教えたんだよ!」
しかし人間というのは最初に言われた方を信じるもの。話を聞いていた周りも誰も彼の言う事を信じようとはしなかった。
その先輩Tが楽屋に来た時に確認しても自分で見つけたの一点張り。それどころか
「もういいじゃん、そんなこと。」
とちゃんと掛け合ってくれず、真相は薮の中へ消え去ってしまった。
自分の大好きなラーメンをそんなこと呼ばわりされ悔しくて堪らず眠れない日々を過ごしたのであった。
そんな事があったから今回の満州事変はぜがひでも自分が紹介したい。それも自分が連れて、自分が見ている目の前で動かぬ証拠としたいと思った。

幾日か過ぎ、彼らは熊谷に降り立った。
当日の関東地方は強風に見舞われた。昼過ぎに劇場入りした彼ら、そして彼自身も風の凄さを身体に感じ諦めた。
「この風は止みそうにない。」
「前に来た時も凄い風だった」
「ここから駅までタクシーで10分。うまく送迎車が来る保証はないし無理だ。」
どの口からも諦めの声。そこへトラックの運転手Sさんが言った。
「駅前に王将あるよ!」
飛び付いた後輩達。すぐにケイタイを開いて
「あ!あるある!駅から130mだって。今日は王将ッスね!」
もう彼の話を聞く者は誰もいなくなっていた…。


時間は過ぎ芝居が終わりバラシ作業。空の気はまだご機嫌斜めのようで風は止んでいなかった。台風の中、作業して危険な目にあった者もいて、突風の恐ろしさを知っている。急ぐなんてとんでもなく、慎重に作業しなければならない。
それにそんな彼らに掃除機が詰まり蓋を開けると吸い取った雪の屑が飛び散るというアクシデントも起こり、もう無理だとみんな天を仰いだ。
作業が終わり一期上のKがトラックにバックを持っていくと彼はタクシーチケットを握っていた。腕時計を見ると21時20分。行けるかも知れない。今まで傍観者で通していたKは彼に賭けたくなった。
「行ってみよっか!!」
急いでタクシーに乗り込み駅に急いだ。
彼は車中ケイタイを開き、事前に調べておいたお店に電話した。
「もしもし?これからそちらに行くんですが、21時30分ギリギリに着くんですけど、ダメですか?」
「はー、駄目ですねー。」
「今注文してもダメですか?」
「はー、駄目ですねー。」
「とりあえず向かいますので!」
電話を切って関東の人情の薄さを痛感した。
彼は東北の小京都、弘前の出身。人情に厚い街だ。街でわざと襟を立てて歩いていても「立ってるよ」と直してくれるおばあちゃんがいるくらいの街で育った。東京に出てきて17年。慣れたとはいえ、この時ばかりは堪えた。

タクシーは進み、駅までの最後の一本道。信号は三つ。
東京を走る環状七号線、通称環七のように一斉に信号が変わればいいのだが、一つ一つ赤信号に変わってしまう。

28分、29分…。

目の前の最後の信号までも赤信号に変わりタクシーはブレーキを踏み止まってしまった。
「もう無理だ…。」
今日何度目かの天を仰いだ。
しかし天は彼を見捨てていなかった。
駅に着いて時計をみると21時30分。行ける。行けるかもしれない!!

彼とKは走った。長い階段を駆け登った。冬の冷たい空気が鼻も喉も締め付ける。苦しい。しかし諦めるわけにはいかなかった。
Kも同じ弘前出身。文豪太宰治が学生時代を過ごした街だ。Kの前を走る彼の高校の先輩でもある。
二人は思った。これは「走れメロス」だと。大切なものの為に俺達は走らなければならないのだと!
息を切らし店に着いた彼は店長に懇願した。
「東京から来て…向こうには全然ないので…ここで食べさせてもらえないですか!?」
後ろのKは息を吸い込むのもやっとで援護をしたくても声が出ない。
「食べた事がない奴もいるんで、なんとかお願い出来ませんか?店長!!」
お店の時計は少し進んでいて21時33分頃を差していた。
店長は重い口を開け
「…今回だけですよ。他の方は断ってるんですから。」
「ありがとうございます!!!」
二人は深々と頭を下げ、崩れ落ちるように席に着いた。
Kは息をするのがやっと。30歳を過ぎ、こんなに全速力でずっと走ったのはいつぶりだろうか。メニューを見て「ダブル餃子定食」を指さすのがやっと。
ここでも彼は違った。
これから呼び付ける後輩達の為に注文を考えていた。Kは信じられなかった。もし連絡が取れなければどうするのだと。しかし彼はぶれなかった。自信があった。信じていた。色々生意気な事を言う後輩だが、最後には自分のところにやって来ると。
店員さんにダブル餃子定食三人前(一人前餃子二枚、12個、ライス、漬物、スープ)、餃子六枚、ビールを5本と告げたが店員さんに
「あと30分でそんなに呑めますか?」
と咎められ、渋々3本にした。

不機嫌な店員さんを気にする暇もなく彼がケイタイを開いた、その時。
後輩達は笑顔でやって来た。
「僕達が着いたのが35分だったから、もしかしたら着いてるかも知れないと思って走って来ました!」
彼の想いは届いていたのだ。しかし安堵している暇はない。後輩達の餃子を食べる顔、三口目まで食べる顔を見て感想を聞かなければこの事変は完結しないのだ。


厨房で物凄い量の水蒸気が上がり、みんなお待ちかねの餃子が届いた。
―小説―  満州JIHEN_c0034396_1937329.jpg

皮が白く、焼色が薄いようだ。みんな期待を胸に、やっと巡り逢えた喜びを胸に餃子を取り、口の中に入れた。
彼の目が光る。自信はあるものの、評判が低い時のやる瀬なさを痛い程知っている。少しの無言の空白の時間が、何分にも感じられた、その時。さざ波のように後輩達から声が上がってきた。
「おぉー。」
「へぇー。」
「皮の触感がツルツルしててモチモチッスね。」
「この味で一枚210円で定食だと500円ならいいじゃないですか!」
さらに餃子は後輩達の口の中へ。
「最初は王将よりさっぱりしてて物足りない気はしたけど食べ進むとタネのザクザクした歯触りもいいし、王将より美味いんじゃないですか?」
「うん!美味い!美味い!」
「でしょ?そうでしょ?」
彼は今までにない達成感を味わった。自分が想い描いていた景色そのものだからだ。
「今日は俺が企画した満州の会だから、会計は俺が払うよ。」
「ありがとうございます!ご馳走さまです!」
後輩達の目に写っている彼はもういつもの彼ではなかった。ラーメン王子、餃子王子の名を手中に納めたスターに見えた。

長居するのは悪いと彼らは食べ終わったら店長に礼を言い、店を後にした。


翌日、彼こと神敏将の伝説は広まり、彼が劇場に登場するや拍手で迎えられ、思わず彼は赤面した。


後輩達がまた甲斐なくいつも通り生意気を言う後輩達に戻っているとも知らずに。


                      完
by minorucasino | 2011-02-19 19:37 | 小説

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